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ぎっくり腰とひい


 朝、顔を洗おうと前屈みになったとき続けざまにくしゃみが出た。激痛が脳天まで駆け抜け、身動きが取れなくなった。ぎっくり腰だ。このときから一日の大半をベッドで過ごさざるを得なくなった。
 寝ていれば腰が楽とは限らない。寝返りを打とうにも体をねじるたび激痛が走る。「ううっ」とか「ああっ」と情けない声をあげて寝ていると、ひいが枕元にやってきてこちらを覗き込む。痛みを堪えてよたよた散歩に連れ出すときはおぼつかない私の足取りなどおかまいなしなのに、しおらしい表情をしている。
 クウと小さな声で鳴かれて、腰が痛くて反応できずにいると、じれったそうに鼻先でつんつんと肩のあたりをつつく。「あのあの、あの。動いて」と言っているみたいだ。顔だけでニイーッと笑ってやった。ひいはおもむろに掛け布団に潜りこんできて私の胸にくっつくや、ぐいっ、ぐいっ、とさらに体を押し付けてきた。うとうとしてはっと目が覚めると、いつの間にかひいは仰向けで寝ているやや開き加減の股の間にいて、スウェットのズボンの上から足を舐めている。
 ひいよ、そこにおまえがいると腰が痛むんだ。
 太ももでひいを押してみた。するとすぐに股の間から出た。この隙に、寝返りを打ち横向きになると、ひいは膝の内側に倒れ込みまた体を密着させてきた。
 二、三時間こうしていただろうか。いつまでも寝てはいられないと恐る恐るゆっくり上半身を起こすと、ひいがひょいっと布団から顔を出してこちらを見つめた。
「オトウが動けないから心配だったのか。ごめんな」
 ひいの眼は真剣だった。
「ありがとう。ひいのことが好きだよ」
 ひいの耳がピンと動きこちらを向いた。
「好きだよ」
 眼に安堵の色が浮かんだのがわかった。
 このときからひいは「好きだ」の意味を理解したようだ。「好きだ」と言うと眼を細める。
 人と犬。なぜ違う生き物がいっしょに暮らせるのか不思議でしかたないが、こんなところに謎を解く鍵があるのかもしれない。

コメント

  1. ぎっくり腰でしたか、不自由な思いをしましたね。
    癖になるといいますから、どうぞお大事にしてくださいね。
    犬は無視されるのが一番辛いみたいで、本当に悲しそうな
    顔をしますもの。
    ひいちゃんはいつもと様子の違うご主人に、不安を覚えて
    いたのでしょうね。
    犬の表情から、人間の感情移入なのでしょうが、深く様々
    なことを伝えられているような気になりますね。

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    返信
    1. お気遣いほんとうにありがとうございます。ぎっくり腰だなんて歳だなあと実感し、気をつけなければと痛感しています。
      犬はよく人を見てますね。だからこそ裏切ってはならないと思います。言いたいことを伝える言葉がありませんから、そこを人間なりに読み取ってやり、もちろん誤解はあるでしょうけれど寄り添ってやらねばと。

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