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ひいへの手紙


 満月さんがブログでひいのことを紹介してくださった。
 ほんとうはこの日記の紹介なのだが、恥ずかしいので「おまえのことだよ」とひいに伝えた。もしかしたら、どこかに出かけたとき「これが、ひいちゃんですか」と誰かに声を掛けてもらえるかもしれない。「よかったな、ひい」
 この満月さんの一件で、「犬と生きる、ひかりと暮らす。」を書き続けてずいぶん経つなとしみじみ思った。ひいが我が家にやってくるすこし前のことから書いているので、その点ではタイトルに偽りはない。よくもまあ、続いたものだ。
「犬と生きる、ひかりと暮らす。」の正体はなんだろう、とも考えさせられた。
 日記と言って間違いはないけれど、日記は自分が自分のために書くもので、そればかりではないような気がする。オトウとオカアの話の種にもなるし、ひいを知っている人への近況報告でもあるし、ぜんぜん知らない人が読んでくれているだろうと頭の片隅にある。だけど、まだ何か違うものがある。
 この文章を書いている今もそうなのだが、頭の中にひいの顔があって、キーボード打つ指が止まるたび、「ひい、どう思う」と話しかけている私がいる。
 ひいに手紙を書いているようなものだ。
 ひいはインターネットなんてものを知らず、そんなところに自分宛の手紙が書かれているとは思ってもいないだろう。
「手紙ってなんですか」
 と何もわかっていないのだ。
 手紙というのは、その人に伝えたいことを書いたもので、その人だけが読めるものだよ。まあこれは、いろんな人が読めちゃうんだけどね。
 この手紙は、書くのにうんうんうなることもあるけれど、そんなときでも私は楽しんでいる。ひいとじゃれあっているときよりも、楽しいかもしれない。なぜかとても、ひいを身近に感じられるのだ。
 いつか、この手紙がひいにも読めるようになるときがくる。手紙を読んで、笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったりしながら、オトウがそこへ行くのを持っていてくれ。まだ、ずっとずっと先のことにしたいけれど。
 親展。ひい様。



※満月様、ありがとうございました。ぜんぜん知らない人が、ひいのことを知ってくれたかと思うと、とても愉快です。

コメント

  1. 今日もまた、素敵な手紙を読ませて頂きました。
    汚れた心が洗われるようです。。。。。

    返信削除
  2. 満月さん、こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
    なんだかまた、恥ずかしくなってしまいます。
    もう、ただの犬ばか、ひいばかの、べたべた親父の「手紙」でお恥ずかしばかりです。

    返信削除
  3. はじめまして。
    満月さんのブログで知り、
    最初から読ませていただきました。

    共感しながら、感動もしつつ読み
    続けました。
    これからも楽しみにしています。

    返信削除
    返信
    1. こんにちは。最初から読むと、たいへんだったのではないですか?
      でも、これほど幸せなことはありません。

      いま、ひいは風呂場で洗われて、ひと暴れして、私の足下でぐったりしています。彼女が落ち着いたら、「読んでもらえたぞ」と伝えておきます。

      どうかまた、気軽に立ち寄ってください。
      遠慮されることはありませんので、適当なものでかまいませんからハンドルネームをつけていただけるとうれしいです。
      そして、ひいに何か声をかけてやってください。

      ありがとうございました。

      削除

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