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専属モデル


 ひいは知らないことだけれど、オトウは昔、写真を撮ってわずかばかりお金をもらっていた。それでゆくゆくは、小さなスタジオがある事務所を構えて、アシスタントを雇えればいいなと考えていた。だから売り込みのために、あちこちの雑誌社を訪ね歩いたりもした。世界的な写真家ばかりが仕事をしている雑誌の編集部に乗り込んで行ったなんて、思い出すだけでどっと冷や汗が出る。
 その頃、知り合った年上のやはり写真を撮っていた人は、オトウと違って人を撮ることを仕事にするのではなく、モノを撮る専門家になろうとしていた。いまこの人はどうしているだろうと、ときどき思う。やはりモノを撮り続けているのだろうか。
 なんだかいろいろあって、オトウは機材を売り払い写真をほとんど撮らなくなって、いまのオトウになって行ったのだが、あのとき小さなスタジオがある事務所を構えていたらどうなっていたか想像もつかない。いずれにしろ、毎日無数にシャッターを切っていた日から二十余年過ぎた。
 またいっぱい写真を撮ろうと思うようになったのは、ひいがやってくると決まったときだ。これは、どんな人でも子供が産まれるとカメラを買おうと思うのと同じ気持ちだったろう。それでいくらなんでもフィルムの時代ではないからとデジタルにしたのだけれど、分相応はこれくらいとカメラはほどほどのものにした。
 こうして、ひいはオトウの専属モデルになった。
「ひいは美人さんだ」と褒めると、オカアはひいに「そんなことどうでもいいよね。普通よね」と言う。
 たしかに、普通だろうな。
 でも、モノを撮る専門家になろうとしていた人は言っていた。同じオーブントースターを撮っても愛があるかないかで別物になる、と。
 念力の話ではない。どの方向から光を当てて陰影をつくるか案配し、わずかな光の角度にもわずかな光量の調整にも心を砕く。ひとことで光と言うけれど、柔らかな光から鋭い光まで無限に幅がある。こんなことは愛がなかったらやっていられないし、オーブントースターのいちばん美しい姿を見つけられるのも愛あればこそ。
 ひいに美人さんが潜んでいる。隠れていた美人さんが現れたのを見逃さずシャッターを切るのが私は好きだ。かたちあるものとして定着させることに心が躍る。そういうことなのだ。
 今日もひいの中に美人さんがいた。どこかへ行ってしまう前にシャッターを切った。このときオトウは生意気さだけで生きていた日に戻っていた。こざかしかったけれど、シンプルだった日だ。

コメント

  1. おはようございます。
    とても愛を感じる写真です。

    ひいちゃんの瞳に吸い込まれそうです。

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    1. おはようございます。朝から暑くなってきました。犬たちもつらい季節になりましたね。

      ひいの瞳、私も大好きなんです。と書くと犬馬鹿でしかないですが。
      犬の感情って豊かですよね。
      瞳にいろいろな言葉が詰まっていると感じます。

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