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姫ちゃんが忘れられない


 たしか2010年のできごとと記憶しているが、多摩川河川敷で暮らすホームレスの老人と飼い犬の姫ちゃんの様子がテレビで放送された。
 河原の吹きっさらしにビニールシートでつくられた家の撤去が決まり、老人は役所の斡旋と生活保護を受けアパートで暮らす運びとなる。アパートで犬は飼えない。散歩がてら多摩川を訪れる犬や犬の飼い主と老人と姫ちゃんは交流があり、この人たちが姫ちゃんの譲渡先を探すこととなった。
 別れの日、老人は姫ちゃんに牛肉を買ってきて、河川敷の家のコンロでステーキを焼く。なかなか食べようとしない姫ちゃんだったが、老人に促されサイコロのように切られたステーキに口をつけた。最後のひとつになったとき、姫ちゃんは老人を見つめる。「これは、おとうさんが食べて」と言っているらしい。数秒だったはずだが、永遠か、時が止まったように見えた。老人は「食べろ」と勧めた。姫ちゃんはもの悲しげに、おずおず残りひと切れを口にした。
 何もかもわかった様子で、ステーキを老人に食べてもらいたかった姫ちゃんの姿が忘れられない。
 このとき姫ちゃんは十五歳。とても老犬とは思えない毛並みは、七歳からはじまった老人との暮らしがいかに穏やかで厚く守られたものであったかを物語っている。姫ちゃんのその後が気になり調べてみると、無事、譲渡先が見つかっていた。
 姫ちゃんから、犬にとっての幸せを考えさせられる。
 姫ちゃんに新たな生活の場を与えた飼い主のかたはすばらしい。老犬との暮らしは、いろいろ覚悟しておかなければならないことがある。ゆるぎない決意があって、姫ちゃんを迎えたのだろう。
 ここで誤解しないでいただきたいのは、立ち退きの問題や、新たな飼い主のかたにケチを付けようとしているのではないことだ。そのうえで慎重に私の意見を書くが、姫ちゃんにとって幸せの原型は河川敷のブルーシートの家で老人と生きた日々にあるのではないだろうか。
 吹きっさらしの家は、年中、厳しい暮らしを強いる。日頃、姫ちゃんが何を食べていたかわからないが、老人の懐具合を思えば栄養管理が行き届く最高峰のドッグフードでないのは確かだろう。ワクチン摂取を受けていたとは考えられない。暖をとるための練炭が不完全燃焼を起こし、異常に気付いた姫ちゃんが老人を救ったこともあったという。死の気配が、いつもすぐそばにあったと言っても過言ではない。
 室内飼いの整った環境や栄養バランスや適切な医療を否定するわけではないが、これらはあるものが整った上で派生してくる条件なのだ。あるものとこれらは階段で言えば一歩ぶんのステップではなく、いちばん下と上の隔たりかもしれないとさえ感じる。あるものとは何か。互いの体と心を思いやる、信頼しあえる関係だ。自らの運命を悟った姫ちゃんは、ステーキを独り占めする喜びより、老人と分け合い最後のときを過ごすほうを選ぼうとした。ここに素朴で真摯で強い心の動きが見て取れる。聞こえがよく便利なためあまりに口にしすぎて手垢にまみれた言葉であるが、愛だ。
 人は突き詰めて行くと一人ぼっちの存在だ。犬も一匹ぼっちだ。まるで、太陽系の端っこにあって最近では惑星ではなく準惑星に格下げされた冥王星のようなものだ。あるいは、とてつもなく遠くへ旅する一個の彗星に似ている。しかし、冥王星も彗星も太陽との間に引き合う力が働いている。この万有引力は、それぞれの質量の大きさに比例する。同じく、一人ぼっちと一匹ぼっちは互いの命の重さによって引きつけられる。
 ただ科学の法則と違うのは、命の重さを量る計算式はなく、一人ぼっちと一匹ぼっちが認めあう重さである点だ。

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