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食べればウンチとオシッコ


 ひいはペットシーツでオシッコをするように育ての親のAさんに躾けられて我が家にやってきた。つまり家の中のしかるべき場所で小便をすませられるはずだったのだが、ある日、突然これを拒否してドアの外でなければオシッコをしないようになった。玄関の上がりかまちには念のため脱走防止のネットが張られ、こればかりかドアを開けることもひいはできない。したがって、私や妻に「オシッコ行きたい」と要求して外に出るのだ。
 想像にすぎないが、巣の中でオシッコが許されるのは赤ちゃんまでで、もう自分は大人だから巣は清潔にしたいという欲求なのではないのか。ドアの外の敷地内は巣とは別の場所だと考えているらしい。ちなみにウンチについては我が家にきたときから外派だった。
 ひいがオシッコをしたいとき、私や妻の手が空いているとは限らない。気候がおだやかな季節ばかりでなく猛暑の夏や寒風吹きすさぶ夜もある。それでも切羽詰まった様子で「オシッコ行きたい」と要求する。粗相をすることがなくなったとはいえ、小便を我慢するのはつらかろうとひいを玄関の外へ出してやらざるを得ない。ペットシーツですましていた頃は汚れたシーツを捨てるだけで実に楽だったのに、正直なところ面倒だ。
 数日前の大雨の日も、とうぜんひいはオシッコをしたがった。ひいはドアの外のもの凄い雨にたじろぎ動かない。「じゃあしないのね」とドアを閉めて部屋に入れても、やっぱりオシッコをしたいとひいは落ち着かず「オシッコ行く」とまた要求する。こんなことを繰り返し、私は軒下から出てずぶ濡れになりながら「こっちこい。チッチしろ」とひいを呼んで、やっとのことで小便終了。一騒動だった。
 でも、食べて、飲んで、生きていればウンチとオシッコをしないわけにはいかない。だからオシッコの要求に応えてドアを開けてやり、散歩でウンチをさせる。もちろん散歩道でしたウンチは拾って家に持ち帰る。ウンチは汚いし臭い。風邪をひいていても、人間の都合で時間がなくても、これだけは飼い主としてやらなければならない。四六時中トイレを使う自分たちのことを棚に上げて、ひいのウンチとオシッコを責めるわけにはいかないではないか。ウンチやオシッコをしているときのひいの申し訳なさそうでいて緊張しているような情けない顔と、終わったあとのほっとした様子は私のそれと同じだ。
 ロボット犬のアイボが早々に廃れたのは、実はこんなところに理由があるのかもしれない。アイボはコンセントから電気の餌を食べるが、ウンチとオシッコをしない。たしかに便利である。だからつくられたのだろう。しかしこの一点からだけでも、限りなく生きているような仕草をしたところで、生きものではないことがわかる。どんなに躾が行き届いていて手が掛からない犬であっても、生きている限りウンチとオシッコをし、このことから犬に限らず私たち動物は逃れようがない。ウンチとオシッコなんてものは誰からも喜ばれるものではないけれど、このどうしようもなさに、いやどうしようもないものだからこそ、生きとし生けるものへ悲しいような笑えるような共感が生まれる。しょうがないなあ、お互いきれいごとだけではないものなといったところ。この共感は、カワイイをはるかに超える深いものではないかという気がする。きれいな部分を取りだして仕草だけ似せたところで、アイボは犬には成りきれなかったのだ。
 ペットショップに立ち寄ると、展示されている仔犬に惹きつけられて動かなくなっている人たちを見掛ける。犬を飼ったことがある人はもちろん違うだろうが、犬を飼ったことのない人にとって、目の前にいる仔犬のウンチとオシッコのことまで考えてはいないだろう。買った犬を動物愛護センターに持って行き、処分してほしいと言い残して置いて行く人、つまり殺してくれと言う人の中には、食べて、飲んで、生きていればウンチとオシッコをするというあたりまえのことに直面して飼うのがいやになるケースもあるのではないか。そこまであからさまに幼稚な人はすくないとしても、犬との関係がカワイイで終始することだけを望んでいた人は多そうである。きれいごとだけでできたファンタジーを夢見ていては、犬と仲間にはなれない。そこに悲しいような笑えるような生きているもの同士の一体感はない。
 机に向かっている私の膝に、立ち上がったひいが前脚をかけてトントンと叩いている。オシッコがしたいらしい。さて今日最後のチッチをさせに行くとするか。

コメント

  1. コメント機能がある事に今更気づきました(汗)

    今までずーっと一緒に暮らしてきたのに
    老犬になって介護や病気になったからと
    センターに持ち込む人も少なくありません。
    持ち込んだ飼い主には、センターの職員さんだって
    今後どうなるかをきちんと説明しているはずなのです。
    それでも置いていく飼い主は、
    殺人(犬)者と同じですよね。

    私は、ひいちゃん達を初めて見たセンターの写真を
    (黄色のビールケースのような箱に入っている写真)
    見るたびに、もうとっくにいない子猫・子犬達ですけど
    苦しくて頭がガンガンします。

    人間と同じように老いたら介護が必要になる、
    病気にかかりやすくなる、
    成長してきたら子犬や子猫を産むようにもなるし、
    食べたらウンチ・オシッコをする。
    当たり前の事なのですけどね。

    返信削除
    返信
    1. ほんと意地悪なくらいわかりにくいコメント機能ですよね。すみません。

      大袈裟でもなんでもなく、毎日、黄色いビールケースのような箱の話を妻としています。助けてくださってありがとうございますという気持ち、ひいは幸運だったという気持ち、そして残りの仔たちへの気持ち、といつも同じ話なのですが、どうしてもひいを前にすると互いに口に出さずにはいられません。そして、ひいが家でのんびりしている姿を見ると、あの仔たちのぶんもくつろいで、あの仔たちのぶんも長生きしてほしいと思います。

      昨年、検査会社のミスでひいが末期的な腎臓病であると告げられたあと、恥ずかしながら泣きそうになりました。あれはペットを失う悲しさではなく、群れの、家族の一員への気持ちだったことを今、思い出しました。
      生きものに対して、飽きたり邪魔だったり古びた縫いぐるみを捨てるようなことをする感覚はとにかく信じられませんし、どうして犬や猫に対してそんなことができるのかと神経を疑いますが、とにかくそんな扱いを受ける犬や猫たちがこの世から今すぐなくなってほしいですね。

      削除

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