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5月, 2012の投稿を表示しています

ひいの夏がはじまる

私が風邪をこじらせたり、冷たい雨が降ったりと、ひいを長らく洗ってやれなかった。
 体臭が強くなるとか、皮脂で毛が汚れたりはしていないが、このまま梅雨に入るのはどうかという気がする。
 本日は快晴、気温も上がっている。私はまだ体が本調子ではないので、妻にひいを洗ってもらうことにした。
 実は実家で飼っていたダーリンという名の犬は、正月にそなえて体を洗ったところ、これが元で体調を崩し寝たきりになった。風呂上がりに冷えたのがいけなかったのだ。この前例があるので、ひいを洗うのは快晴で気温が高い日と決めている。
 洗われて風呂場から逃げ戻ってきたひいは、毎度のことながら居間のあちこちをしっちゃかめっちゃかにしながら、まだ乾いていない体をソファーやありとあらゆる布にこすりつけた。想定内のこととはいえ、どうにかならないものか。
 毛を乾かしたあとはブラッシングだ。
 出る出る、落ちる落ちる。冬の間、ひいを寒さから守っていた綿のようなアンダーコートが床いっぱいに拡がる。まるで羊の毛刈りだ。
 掃除はたいへんだけれど、徹底的に落としちゃえ。
 ブラッシングを終えたひいは、ひとまわり痩せて見える。
 これでようやく、ひいの夏がはじまる。今年の夏がはじまる。

お尻の話

散歩から帰ってきたひいは、まず玄関で肉球を拭かれ、続いて肛門を拭かれる。どちらも家の中で暮らすための身だしなみである。拭くのは私だ。
 肉球を拭くためのコマンドは、「あんよ」である。
「あんよ」と聞くと、ひいは玄関の上がりかまちに前脚をかけたかたちになり、まず自ら右前脚を上げ、拭き終えると左前脚を上げ、右後脚、左後脚の順で同様に続ける。
 次はお尻を拭くわけだが、これには決まったコマンドはない。私はしっぽを握って持ち上げ、じっと待っているひいの肛門と肛門の周りをきれいにする。
 以上を終えて、はじめてひいは家に入れるのだ。
 どんなに早く家の中に入りたいとせっかちになっているときでも、「あんよ」のコマンドではじまる身だしなみを嫌がることはない。ひいは規律正しい犬とは言えないけれど、「あんよ」を嫌わないのはほんとうに楽で助かっている。
 犬にとって肉球は生きて行くうえで大切きわまりないところだし、肛門に至っては人間だってやたらに他人に触れられたくない場所だ。そこを拭かせてくれるのは、まずまず信頼関係が築かれている証拠かもしれない。これであと歯磨きのために口を大きく開けてくれれば文句はない。
 先日、居間でひいのお尻を見ていたら、肛門に何か着いている様子だった。
 数日前にひいがソファーに臭腺液をくっつけて、変なものがあるぞと私が指に取っておもむろににおいを嗅いだという、笑い話にするには悲しい騒ぎがあったばかりだ。
 そこで妻は、ひいのお尻を拭こうとしっぽを持ち上げ、ウェットティッシュを肛門に当てた。そのときひいは「いやん」とばかりに身をよじった。
「どれどれ、オイラがやろう」
 私が同じようにしっぽを持ち上げると、こんどは従順にいつもの身だしなみのとき同様の姿勢になった。
 妻は乱暴にしっぽを持ち上げたわけでも、がさつにウェットティッシュをこすりつけたわけでもない。おとなしく従ったのはオトウにはお尻掃除を許すけれど、妻にはちょっと、というひいの気持ちの現れかもしれない。
 こんな些細なことが、妻には悪いが私はたいへんうれしい。
「それは単なる慣れの問題」という声が聞こえてきそうだ。
 たしかにそうかもしれない。
 だが私にとっては、娘といつまで風呂に入れるか考える父親の気持ちに近いのだ。または、いつまで「パパ、パパ」と呼んで自分にまとわりついてくれるかとか。
 人間の女の子なら、いつか父親と距離…

NIGHT WATCH ──夜警

前回、ひいが夜になると庭へ出たがるようになった話を書いた。
 まず私をじっと見つめることにはじまり、無視を決め込むとじれったそうにトントンと前脚で私を叩き、小便をしたいのかと思い外へ出すのだが小便はせず、真っ暗な庭を行ったり来たりしてきりがない。
 このような様子なので、どうも私と遊びながら夜回りをしているのではないかと考えた。しかし半信半疑だった。
 土曜の夜、やはりまたひいに見つめられた。
「どうした。夜のおやつは食べただろ。おしっこだってしたじゃないか」
 などと話しかけながら体を撫でてやった。
 すると、そばにいた妻を不満そうな訴えるような目で見た。
「オトウは、わかってくれないの」
 まさに、こんな感じだった。
 ひいの求めているものが夜回りとは言い切れないので、もうひとつの可能性である私と寝室へ行きたがっているのではないかと居間を出てみたが、途中まできたひいは立ち止まり、動かなくなり、またこちらをじっと見つめた。
 こうなったら庭へ出してみるほかない。
 私が懐中電灯を手に庭へ向かって歩くと、後ろをついてきて、いつの間にか駆け足になっていた。さほど広い庭ではないが、どんどん奥へ行く。地面のにおいを嗅ぎ、まばらに生えている雑草を噛んでは、また先へ行く。小便をする気はまったくないようだ。
 ああこのにおいは新しい何かだ。これはいつもと同じうちのにおいだ。あっちはどうだろう。こっちはどうだろう。変なやつはいないか。変なやつはいない。オトウ、そっちはどうですか。行ってみましょうよ。(以下、繰り返し)。ん、完了。とまあ、このような具合。
 これで、夜回りをすることが習慣になったと確信できた。
 夜警である。
 夜、寝室のベッドで寝る前に、庭の見回りをする。いつも通りの庭であることに安心し、ひいの一日は終わるのだ。
 ただし、庭へ行こうと要求する相手は私と決まっていて、妻に行こうと求めることはない。夜回りをしたいときは、おいしいものを食べたいときや小便が我慢できないときと同じくらい強い態度を私だけに向ける。あきらかに「オトウと夜回りする!」なのだ。嫌いな散歩へ出るときは、妻がいないとうんちさえろくにできないのだが。
 夜警犬ひいは、夜回りを終えてベッドの羽布団の上で大きく手脚を伸ばし寝入っている。もうやるべきことはすべて終わったという感じだ。
 でも、また明日の夜になればオトウと夜回りがしたくな…

オトウを困らせて

人間が夕食を食べ終えたあとのひいの行動は決まっている。
 まず夜のおやつをほしがる。
 次に小便に行きたがる。
 最後に犬用の歯磨きスナックをほしがる。
 そして、ベッドで寝る。
 ところが夜の小便がくせ者で、かまってほしいだけなのか、それが遊びだと思っているのか、外に出してもなかなか小便をしない。
 昨夜、私はひどい風邪をひいていて咳が止まらず、しかも雨が降っていた。カーポートをあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしているひいに、いつまでも付き合っていられる状態ではなかった。
 こんなときいつもなら、「いい仔だ。ひいはいい仔だよ」と声を掛けると、すかさず小便をする。「いい仔だ」の意味がわかっているらしく、褒められたり、よい仔だと認められたいようだ。
 ところが、この日はいっこうに小便をしない。
 そのうちひいは、庭へ駆けて行った。
 いちおう割石を敷いているとはいえ、庭に行けば泥足になる。
 しかも、もともと夜行性の犬には暗がりはへっちゃらかもしれないが、私には暗闇のどこにひいがいるのか皆目わからない。
 さらに庭から家の敷地の外へ出られる場所があり、そこは水道メーターの検診員などが出入りするところで、最近、ひいはこの小さな隙間に興味を持っていて、逃げてしまうのではないか心配だ。
「そっち行くな」
 と追いかけて庭で方向転換させてカーポートに戻しても、また隙を見て庭へ。
 それを雨が降るなか、何度、繰り返したことか。
 どうも私と遊んでいるつもりになってはしゃいでる節が見受けられる。
 たぶん私の声の調子と様子から慌てているのがわかっていて、オトウを困らせているのが楽しいのだろう。ひいとしては小さな小さなドッグランで遊んでいるつもりなのだ。茶目っ気のつもりかもしれない。
 さすがに妻は怒った。
「ドア、閉めちゃうよ」
 ひいは目にも留まらぬ速さで玄関に駆け込んだ。
 そのとき、キャンと仔犬みたいな声がした。
 母犬が仔犬をたしなめるとき首を噛むように、妻はひいの首の皮をつかんだのだ。
「いい加減にしなさい」
 ひいはしゅんとなって身を縮めていた。
 これは、Aさんの元を巣立った犬たちの同窓会でひいが目に余るくらいはしゃいでいたとき、母犬経験が豊富なみのりちゃんに「静かにしなさい」と首を噛まれたあとの反応と同じだ。
 人も犬も、母は強しである。
 家に入ったひいは、すねた様子で寝室へ行こうとしてこちらを振り返り、そ…

何を見つけたのだろう

今年の一月、我が家はネズミに悩まされた。
 夜中の一時頃になると、二階の床下、つまり一階の天井の上で、カリカリカリカリと音がする。寝入ったばかりのとき目が覚めるだけでなく、とても気に障る音で、一時は神経衰弱寸前にまでなった。市のサービスを利用して駆除業者にきてもらい、あれこれあって問題はいまのところ解決した様子である。
 この間、一ヶ月ほどだったが、人間は弱り切っていたのに、ひいはネズミが立てるもの音にまったくしらんぷりだった。人間より耳がよいはずなのに、なぜ反応しなかったのか理由はわからない。
 そうかと思うと、ひいは何の気配もない一点を見つめることがある。
 くつろいでいるとき、甘えているとき、突然、動きを止めて虚空を凝視する。
 住み慣れた家だから、いまさら新しい何かを見つけたわけではないだろう。
 まして、真っ昼間から幽霊でもあるまい。
 しかし、あの憎たらしいにも程があるネズミが立てる音よりも気になる何かがあるから真剣に見つめるのだ。そして、いつものひいに戻る。
 ちなみに写真のひいが見つめる先には、カポーティの「冷血」があった。

ところでオトウはおまえの何なのか

最近、妻がひいに「どうしたの? そんな目で見て」と言う。
 さてどんな目つきをしているのかと見てみると、別に変わったところはないように思われる。
 しかし妻には、ちょっと厳しい目つきに感じるらしい。
 そこで気になるのは、愛犬王とも呼ばれ多数の犬のほかオオカミなども飼っていた、犬研究の第一人者平岩米吉が著作で報告している逸話だ。平岩米吉の飼い犬のうち特に雌たちは、彼の書斎に入ることを最上の喜びとしていたという。さらに雌犬たちは、彼と奥さんが接近すると間に割って入り、マッサージ師がやってきて彼の体に触れると大いに怒ったらしい。
 平岩米吉は観察の結果、雌犬たちは人間の男と女の別をちゃんとわかっていて、彼のことを配偶者または配偶者にしたい者として見ているらしいと推論している。つまり、雌犬たちは奥さんに嫉妬し、マッサージ師をずうずうしい邪魔者と感じていたことになる。
 やはり平岩米吉の観察だが、ある仔犬は群れで地位の高い母犬の恩恵を受け年少ながら奔放に振る舞い、そのことで母犬が死んでから年上の犬にいじめられたそうだ。その後、年上の犬が死ぬと、いじめられていた犬は亡骸の首に猛然と噛み付いた。復讐をしたのだ。つまり犬には心があり、しかもかなり複雑なのだ。
 これらの話を知っている妻は、ひいの態度が気になるみたいだった。
 そこで私と妻は何度かわざとらしく仲よく楽しそうにしてみせた。
 するとひいは、ちらっとこちらを見て「別に気にしてませんが」といった感じで目をそらすのだった。まあこれだけではなんとも言えないが、ひいが妻に敵意を持っている様子はないし、妻にべたべた甘えてもいるから、心配するほどのことではないのかもしれない。
 しかし、妻の気がかりとは別に私にも気になることがある。
 ひいの要求が私に対して激しい話は別のエントリーに書いた。
 たとえば、私がソファーに座っているとき、ひいがやってきて「クゥ」と甘えるように鳴き、それを無視していると前脚でじれったそうに私の体を叩く。これは小便をしに外へ行きたいとか、いっしょに寝室へ行きたいなどの要求である。妻に対してはこのようにはしない。
 つい先日、ひいへのお裾分けとして大好物の牛すじ肉を圧力鍋で柔らかくしたものをやったのだが、固まりが大きすぎて食べられない様子だった。そこで餌の皿から肉をつまみあげると、ごちそうを盗られると警戒することなく、お座り…