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12月, 2012の投稿を表示しています

逃れられないものが親から子へ

ひいの散歩をするとき履く靴を秋の終わりに買い替えた。散歩の途中で汚れても苦にならず、雨の日に水がしみ込まず、こんな期待を裏切られるかもしれないから安いほうがよいと、行きつけのスーパーの自転車コーナーの隣りの特価ワゴンから選んだ。特価品とはいえ、名の通ったメーカーのショートブーツだ。箱に、完璧なまでの防水と防寒の効能が書かれている。とはいえ実用一点張りで、アメリカの田園地方の男がピックアップトラックに乗るとき履くような見かけで、いまどきの日本ではダサイと笑われてもしかたない靴だ。
 これが快適この上なかった。箱に印刷されていた説明通りだっただけでなく、気分が楽なのだ。履き心地は元となる木型や材質や製法だけで決まるものでないと思い知らされ、実は気分の軽さがとても重要とわかった。
 靴に凝り、メーカーを決め、店を決めて買っていた十年ほど前は、こんなことは思いもしなかった。靴熱が冷めてからも、スニーカーは趣味ではないと言い、普段履きでも布や合成皮革の靴に抵抗があったり、かたちにこだわったりしてきたのだが。
 数日前、この靴を買った同じ場所に今度はアウトドア用の長靴が並んだ。「ああ、これだよ。これが求めてるものなんだ」と感嘆している自分に気付いたとき、複雑な感情がこみ上げてきた。いつの間にか、私は父そっくりになっていたのだ。
 母は子供だった私に、見合いの席に父が晴天だというのに背広で長靴という出で立ちをしてきた話を幾度もした。父は長靴を履かなければならない職業ではなく、金融関係のそれなりのエリートだった。父のこんなセンスのなさが、子供ながらいやでたまらなかった。
 私が成人してからも、靴箱にきれいな革靴がありながら父はぼろぼろになった安物をガムテープで治して履いていて、ケチなのか自虐趣味なのかと、とてもイライラさせられた。このような私が、特価品の長靴に魅かれるとは。実用一点張りのショートブーツを、華やかなショッピングセンターに行くときも履くようになるとは。スーパーで長靴を買っていたら、毎日、出かける度に履いていたことだろう。
 長靴に関わる遺伝子などというものはないだろうけれど、父から私へ確実に引き継がれたものがある。歯磨きのとき鏡に映る、年々、父に似てくる自分の顔以上にそっくりなものが体と心の隅々にある。
 ひいは千葉県の動物愛護センターで乳飲み子のとき保護されたの…

共鳴する心のうち

ひいが何かの具合で妻にくっついて眠ると、私はもやもやした気持ちになる。おまえの定位置はオトウの脚の間だろ。まずは股に腰を下ろし、その後、脚の間に体を伸ばす。そのままぐっすり眠って、オトウが寝返りを打つと寝相に合わせてひっついてくるのがいつものことではいないか。と、ひいの体温を独り占めしている妻がうらやましくなり、ひいはオトウのことを忘れたのか、とまで思う。なんという見苦しいまでの嫉妬心。
 ひいと眠る心地よさを説明しようにも、一言で表せる単語が見つからない。そして、犬に変わる同じ心地よさも私は知らない。体温と柔らかな毛と重みが渾然一体となった感触がたまらないのだが、電気を使って温める犬のような家電製品ができたとしても、心地よさはひいにとうてい叶わないだろう。ひいは私に安心感を与えてくれる。この程度の自分が必要とされているのが切ないくらいうれしい。
 これでは妻の立場がないような説明になったが、妻がいて、さらにひいがいる日常はこの上もない幸福なのだ。もったいないくらいの身の上である。
 では、ひいにとってはどうなのだろう。
 この問いへの答を、今日、垣間みた気がする。
 朝、動物病院へ一年に一度のワクチン接種を受けるため行った。
 ひいは散歩道にある動物病院へ用がなくても近づいて行くくらいだから、嫌いな場所ではないのは間違いない。ただ、何をされるのかわからないため待合室では怯えている。診療室を出るとほっとするらしく、今日は珍しいことに他の犬に仲よくしようよと自ら挨拶をしに行った。
 帰宅し自室の机に向かった私に、ひいは「キュウ」と切なく何度も鳴いた。小便がしたいのだろうかと外へ出してやったが、切羽詰まった表情でうろうろするだけだった。もしかして、ワクチン接種後の重い副反応が出たのだろうか。苦しいのだろうか。私と妻は心配した。
 とりあえず家に上げ様子を見ることにした。私がひいのそばに付き添っていると、さっきまで切ない声を出していたにも関わらず、のんびり日向を楽しんでいる様子だった。
 ひいは何を訴えていたのか。
 オトウが自分のためにずっとそばにいると確信できたらしいときの、くつろいでいる姿からこちらに伝わってきたものは、抱えている思いを共有できたとする彼女の満足感だった。動物病院でひいはいつもと違うものを体験し、これまでにない何かを感じたようだ。それが不安なのか、不安を乗り越えた…

犬の神様

幼い日の私のそばに神様がいた。
 私にとっての神様は、悪さをすれば罰を下し、善いことをすれば幸いをもたらす、すべてお見通しの存在だった。これは名前を持っている誰かではなかったが確実に気配を感じられ、しかし姿かたちはなかった。
 自分や親さえも持ち得ない、ものすごい能力を持っているもの。自分の今と、この先を左右するもの。唯一絶対の存在だった。
 小学校一年生の秋、バラの棘にトンボの頭を刺して殺した。さっきまで飛んでいたトンボの大きな眼が棘に残る。細長い羽がついた胴体は足下に捨てた。もう一匹、同じように殺した。バラにトンボの頭が二つ並んだ。残酷であることが、私を駆り立てていた。だがこのとき、誰もいないはずの庭に気配を感じた。神様の視線だ。
 私は罰せられ、もうすぐ死ぬことになるだろうと思った。いまだに、自分はあのときのトンボのように命を失うにきまっていると信じているところがある。
 もしかしたら犬にとって人は、幼い日に私の身近にいた神様のようなものなのかもしれない。
 私は神様のように人知をはるかに超えた絶対的なものではあり得ない。だらしなく、無力な生き物に過ぎない。しかし、神話の世界の神々がやけに人間くさく、過ちを犯したり、すぐ癇癪を起こすのに人々があがめ奉っていたように、犬の目が見ている人間は畏怖すべき存在なのではないか。善も悪もひっくるめて、自分の今と将来を司っているものなのではないのか。
 犬は、犬を気が利かないやっかいなものと思っている節がある。自分でさえ気がつかない願望を、人間は先回りしてかなえてくれる。抱きしめられれば、許されたと安堵できる。見守ってくれる。食べ物を、家を与えてくれる。これはまるで楽園ではないか。
 人類が滅び犬が生き残ったとき、犬たちはかつての記憶を頼りに神様と楽園を信じはじめるかもしれない。この神様のありようは、もういない人間そっくりだとしても不思議ではない。
 楽園を追放される恐ろしさは、幾多の物語として残されている通りだ。
 古い物語を引っ張り出してくるまでもなく、捨てられた犬の不幸を知れば十分で、犬にとっての人間の存在を象徴している。
 人と結びつき、自然から遠ざかった犬が悪かったのか。犬を仲間としてきた人が悪いのか。もう、どっちでもいい。一万数千年、いや最近の発見では三万年にもなるかもしれないという、人間と犬の共同生活の結果だ。あまたいる動物の…

一宿一飯の仲

私と妻が朝食を食べようとすると、ひいはテーブルの下にそっとお座りする。脚の間からこちらを覗いているひいに、私は小さくちぎったパンの耳を与える。ひいはがっつくことなくパンの耳を食べ、マズルを引っ込める。しばらくすると、また脚の間に黒い鼻先が現れる。
 ひいはパンが好きだからねだっているだけではないと気付いたのは、一年ほど前のことだった。夕刻になり「餌の時刻がきたよ」と私をせっつくのと、テーブルの下で遠慮気味に自分はここにいると静かにアピールする態度は明らかに違うとわかった。
 テーブルはオトウとオカアが食事をするところで、そこにあるものは自分のために用意された食べ物ではないし、これを奪ってはならないと理解しているのだろう。オオカミの群れでは上位のものから獲物を奪うのは御法度、という秩序の記憶が犬にも脈々と生きていることになる。
 獲物を独占したいのは上位のオオカミにとって本心だろうが、むさぼり尽くすことはせず立場が弱い者に食べ物を分け与える。ここには相手をいつくしむ気持ちがある。なにもオオカミに限った話ではなく、人の世も同じだ。
 ひいはテーブルの下で愛を確認しようとしていると思えてならない。オトウがパンの耳を分けてくれた。私はオトウから認められている。オトウは私のことを思ってくれている。ここが私の群れだ、と。
 犬は三日の恩を三年忘れず、という。論より証拠、ひいは乳飲み子のときから生後六ヶ月まで育ててくれたAさん夫妻をいまだに慕っている。里子に出た犬の同窓会が行われれば、駐車場でAさん夫妻の車を探し出し、お二人の姿を見るや駆け寄ってしっぽをちぎれそうなくらい振る。三年、四年といわず一生涯、恩を忘れそうにない。
 哺乳瓶からミルクをもらい、Aさん夫妻の大切な時間を分けてもらい、風や雨をしのぐ家に同居させてもらったことが恩であり、受けた恩は愛の分け前と理解しているのではないか。
 私が台所に立って鶏ガラからスープを取っているのを、ひいがきちんとお座りして見ていた。
「いい匂いがします。その鶏はどうなるのでしょう」
 といったところか。
 十分に出汁が出たところで鶏ガラを引き上げ、あっちっちと指を水で冷やしながら肉をむしり取る。裂けて喉に刺さると言われる小骨を除く。
 この日、私と妻はレンズ豆のスープを啜り、ひいはむしり取られた鶏肉を食べた。満腹したあとは、ベッドを分け合いみんなで眠っ…

冬がきた日から

我が家から真西の方角、丹沢の山並みの向こうに見える富士山頂が白くなっても、多摩丘陵の端っこはまだ秋だ。
 散歩道に続く家々の庭で柿は色づき、引き寄せられるようにヒヨドリがどこからともなくやってきて居着くいっぽうで、みかんは薄ら青い。気が早いおしゃれな若い女性だけが、体温で熱中症になるのではないかと心配なくらい長いブーツやニットのマフラーで身を包んでいる。
 だが日の入りの時刻は日々刻々と早くなり、時計を見て愕然となる日が続く。この暗がりの中、灯油の移動販売車がやってくるがストーブに火を入れるのにはまだためらいがある。
 そんなある日、ひいがベッドの布団の中から顔だけを出して寝ているのに気付く。冬がきた、と思う瞬間だ。
 ひいのアンダーコートが豊かになり、いつの間にか体がひとまわり大きくなっている。耳の内側も柔らかな毛に覆われ、冷たい風にかじかまないように支度が整う。
 こうしたひいの変化が現れたら、私も冬の生活に入る。
 豚のバラブロックを買い込んで塩やスパイスに漬け燻煙し、来年のぶんまでベーコンをつくる。
 ヨーロッパの森で豚を飼っていた人々は、秋の終わりにどんぐりを食わせ太らせた。それ以前の人々にとって冬のはじまりは、どんぐりで肉づきがよくなった猪を狩る季節だったのではないか。この狩りの先頭に、犬たちがいたはずだ。豚は余すところなく食され、骨の周りの肉や固い筋は細かく叩かれ腸詰めにされ、脚はハムにバラ肉はベーコンにして保存した。
 人が洞窟で暮らしていた遠い時代、焚き火の煙を浴びた肉が腐らず味がよくなったことで薫製が生まれた。昔の犬は、この肉を炎の暖かさに身を委ねながら見上げていたのだろう。私が台所で豚のバラ肉を塩漬けにしているのを不思議そうに眺めるひいそっくりの眼で。
 スーパーで新鮮な肉がいつでも買え、エアコンで部屋を暖める暮らしを捨て去ることはできない。そんな私が冬になってベーコンをつくるのは、豚肉の保存の如何に生死がかかった中世以前の人々からしたら、ままごとに過ぎないのはわかっている。しかし、ベーコンづくりをかれこれ二十年も飽きずに続けてきたのは、体のどこかに眠っている冬を怯える原始の記憶が目覚めるからに違いない。
 ひいは、どうだ。冬の彼女はのんびり屋になって甘えん坊に拍車がかかる。オオカミだった時代から真冬は群れの仲間に密着し静かに凍える季節をやりすごすのが、本能…

オトウは必ず帰ってくる

ひいよ、オトウといっしょに出かけたいのか。しかし、おまえは人ごみを怖がるではないか。喧噪と慌ただしさを我慢すると言うかもしれないが、電車に乗るときはキャリーバッグに入っていなければならないし、いくらチビとはいえおまえが入れるバッグは大きくてとても持ち歩けるものではない。たとえ車で出かけたとしても、犬が立ち入れない場所ばかりなのだ。
 そんなに悲しい眼をするな。どうか連れて行って、と言わんばかりに手脚を揃えた真面目くさったお座りをするな。
 オトウだって、ひいといっしょにいたいのだ。
 オトウはおかあさん子だった。留守番はいやだと駄々をこね、歩くのもいやだと言い張り、幼稚園に通う歳だったのに乳母車に乗って商店街へ買い物に行ったんだ。商店街を行き交う人の視線に気付いたときのオトウのばつの悪さより、乳母車を押しているオトウのオカアの気持ちは複雑だっただろう。だからこそ、オトウはおまえの気持ちがよくわかる。あのときのオトウのオカアの気持ちをいま味わっている。
 オトウがフリースの上着を着たとき。カメラを首に下げたとき。カバンを手にしたとき。車のキーをポケットに入れたとき。ひいはオトウがしばらく帰ってこないことを知っているよな。外出の気配を察してオトウの後を追って家の中を歩くおまえを見ると、切ない気持ちになる。
 だけど、出かけなければならないんだ。
 オトウは電車の中で、ふと立ち寄った喫茶店で、このブログをスマホで見る。ここにはひいの写真がいっぱいあるからね。おまえの写真を見ると、街の煩わしさから救われる。それは幻だけど、すぐそばにおまえがいるような気がするんだ。
 用事を終えたとき、まっさきに思い浮かぶのもひいのことだ。ひいが待っている家にだんだん近づいている、と考えながら街の鬱陶しさをかき分けて進む。家にたどりついたら、おまえとゴロゴロしようと柔らかな毛並みの肌触りを思い出している。敷地の外から家のドアが視界に入った瞬間、玄関にお迎えに出て飛びついてくるおまえの姿が眼に浮かび、あとたった数歩だというのに早足になる。
 いいか、ひい。どこに行っても、オカアとひいがいる群れの巣に帰ってくる。オトウは必ず帰ってくる。

2012年Aさんチームの同窓会

ここ数週間、ひいは落ち着かなかった。何かといえばオトウの車のにおいをかぎ、ドアを開ければ急いで乗り込もうとする。これは、Aさんが保護し里親のもとで幸せに暮らしている犬たちの同窓会の日取りが決まったあたりからのことで、オトウとオカアがせわしく準備をしていたわけでもないのに、ひいは何かを察知したのだ。ひいが人間の言葉をかなり理解できるのではないか、と信じる根拠のひとつである。
 明日は同窓会という金曜の夜、ひいの車への関心は最高潮に達し、部屋にいてもそわそわしていた。私をじっと見つめ、しきりに飛びついてくる。「さあ、行こうよ。すぐ、行こうよ」といった具合でうるさいので、てるてる坊主をつくってやり「明日だよ。明日、晴れるといいね」と諭した。窓辺に吊るされたてるてる坊主を、ひいはじっと見つめ動かなくなった。
 土曜日の朝、いざ出発。東名高速道路から首都高を抜け京葉道路で千葉へ向かう。幕張パーキングエリアでトイレ休憩。ひいはこれから始まるものへ距離を縮めたことを実感しているのか、駐車した車の中から千葉県に降り注ぐ太陽の光を見つめる。ここまでくると、私もあと一息と実感する。渋滞しているようだが、大きく遅刻する可能性はないとカーナビが教えてくれている。さあ、どんどん進もう。
 すいらんグリーンパークに到着すると肌寒い曇り空だったが、ひいはぴょんと車から飛び降りた。そしてなんと駐車場でAさん一家の車を発見し、しがみつくようにしてにおいをかいだ。いとおしみ、なつかしみ、大好きなAさんご夫妻がここにいると確信したらしい。
 貸し切りにした広いドッグランで、ひいは昔の仲間とご挨拶。新しい顔ぶれにも恐る恐るご挨拶。私と妻は飼い主のみなさんと世間話を楽しみ、ひいはがむしゃらに走り回り、Aさんご夫妻に「ひいです! ひいです! 会いたかったです!」と飛びつく。
 毎度のことながら、里親家の群れにひとつの個性があり、一匹として同じ犬がいないのが楽しい。別々の群れで安定した日々を送ってる犬たちが、これをよくわかった上で仲間である人と犬と遊びに興じている。やはり、同窓会はひいたちにとって特別な日なのだ。
 持ち寄った料理で昼食を食べていると雨が降り出した。ぽつんと頬に落ちる雨粒が、やがて豪雨に。予定より三十分ほど早く同窓会を切り上げることになった。それぞれの犬が、それぞれの群れの車に乗り込んで行く。
「今日…