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I fear tomorrow I'll be crying.


 ひいの姿を期待されたかたには、今回はこのまま読み続けても彼女の写真が現れないことをお断り申し上げておく。そして英語のタイトルをつけたのは気取りでなく、ある曲の歌詞を思い出さずにいられなかったからにほかならない(Epitaph/作詞・Peter John "Pete" Sinfield)。
「明日を恐れて泣いているだろう」。まさに、いまの私だ。
 いいがかりで逮捕され七年間にもおよぶ裁判で時間を無駄に費やされた才能あるプログラマが、私より若い年齢で亡くなられた。旅客機が着陸に失敗し犠牲者を出した。子供が性的搾取されるのは言語道断だが、諸外国の例をみても実効性がないばかりか、矛盾だらけの表現規制法案がまかり通りそうになっている。人の人生と命をなんとも思わない人格異常者が、選挙で当選するのが確実となっている。アスリートの女性が産んだ子の父親は誰かと、報道の責任やら倫理感やら正義ぶった顔をしてマスメディアが騒ぐ。これが、つい最近の、あるいは今日の出来事だ。
 私に何ができるのか。何もできない。こうして声をあげたところで、さらに大きな声と大きな力にかき消され、何もなかったも同然になる。私はここにいる。しかし、存在しないも同然だ。
 今日、ひいは散歩から戻ると腰砕けになり熱中症の症状をみせた。すぐに保冷剤で動脈を冷やし、水で薄めたアイソトニック飲料を飲ませた。呼吸は落ち着き、体温は下がり、間もなく家中を軽やかに歩き回れるまでに回復した。しかし暑さと湿度を配慮してやれなかった自分を、私は責めた。群れの愛するもの、私を愛しくれるものに、ひどいことをした。
 政治やら世の中やら大言壮語し悲壮感を覚えた身が、このありさまだ。
 明日への希望、なんていまは考えられない。気付いてやれなくてごめんと、ひいを抱いて横たわるのみ。

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