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つけまつける


 里親募集サイトに掲載されている無数の犬の中からひいを選んだのは妻だ。まずひいの口が黒いところに目が止まったという。リアルな劇画は別として、マンガでは「これは犬ですよ」という記号としてマズルが黒く塗られがちで、妻が思い浮かべる犬もこういった犬らしい。この手の犬はマズルを黒く塗ってお手軽に犬にしているわけだから主人公や重要な役どころではない。ちなみに妻は犬種がはっきりした犬よりも雑種のほうが好きらしく、テレビに国内外を問わず見知らぬ街が映し出され画面の隅っこに何種が親かわからない犬がいると指さし「ほら、犬」と言う。主役ではなく、端役の通行人Aのような存在に味があると思っているようだ。
 はじめて里親募集サイトのひいの写真を観せられた私は、「泥棒みたいな犬だな」とちゃかした。これまたマンガで泥棒の記号として描かれる口の周りの真っ黒なヒゲを連想したのだ。いたいけな幼犬を泥棒だなんてひいにとっては失礼な話だが、これまで飼っていたのが茶柴と純白の雑種犬だったからマズルが黒いのは物珍しかった。
 ひいと暮らしはじめると、マズルが黒いことよりも顔の色合いの妙に心が惹かれるようになった。鼻先と鼻筋と口角までだけでなく、眼の周囲がアイラインを引いたように黒く、そのアイラインは目尻からさらに先へすっと伸びている。またチークで顔の立体感を出すみたいに、やはり黒い筋が眼の下を通っている。まるで整えて描いた眉としか思えないものがあり、つけまつ毛かマスカラを使ったような隙間なく並んだ黒いまつ毛が生えている。そして耳は体とは絶妙な具合に違う焦げ茶色で、顔のメイクと全身との調和を保っている。散歩道で擦れ違う人には茶色くて口が黒い雑種犬としか見えず、流行りのトイプードルや高そうな犬のほうに眼を奪われるだろうけれど、いっしょに暮らす私にはひいの顔は大袈裟に言うと神が意図した造形としか思えない。
 雑種犬は色や形に工夫のしがいがあると神様は楽しんでいるようだ。ひいの兄弟姉妹のリュウ君は四本の脚の先がハイソックスを穿いたように白く、マロン君はふわふわのロン毛で、風花ちゃんは明るい美しい毛色をしている。神様はこうやって仔犬たちをデザインしながら、「さて、この仔はどうしたものか」とまだ形になっていないひいのことを考えたのかもしれない。内気で恐がりな仔には、「女の仔だし、つけまくらいつけてやろう」と気遣ったのだろうか。メイクの基調は黒に統一と決め仕事をはじめると興が乗ってきて、もったいないくらいの美人顔に仕上げられたと想像すると楽しい。凝っていてもシックなところは神様のメイクの腕がよかったに違いない。「さあできた。やるだけのことはやったから、おまえたちはそれぞれの群れでかわいがってもらえ」とこの世に産まれ、妻がひいの佇まいの味に惹かれて我が群れの一員となる巡り合わせとなったと考えるのはできすぎか。
 でも、ひいは完璧なメイクを神様にしてもらっていることに気付いていないようだ。これだけばっちりメイクをきめていたら「美人でしょ」と驕ってもよさそうなものなのに押し出しが弱い。Aさんの元から巣立った犬たちの同窓会に参加しても、おやつをくれる人の元に駆け寄る犬たちの輪からいつも弾き出されている。対照的に、Aさんの家の珀ちゃんは誰から見てもイケメンで、愛され体質であることをちゃんと自覚しているらしく私の膝にごく自然な感じで乗ろうとする。これを見てひいは「アタイのオトウを横取りするな」とばかりにウーとうなるのが精一杯。オトウはひいにメロメロなのだから自信を持ってもよさそうなものなのに。とはいえ、ひいをメイク美人と見ているのは私だけで、オトウのひいき目だということは承知している。
 外の世界で脇役でも、我が群れで主役ならそれでかまわない。ひいはスター級の犬を目指す星のもとに産まれたわけでなく、乳飲み子のとき捨てられ一度は生死の境まで行く運命にあり、新しい群れで愛されることが重要だったのだ。これで造形の神の目的は適ったはずで、メイク担当者としては天上界でほっとしていることだろう。
「神様、思惑通りですよ」

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