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もう寝ようよ


 妻はひいに「オトウへの要求が激しすぎる」と言う。
 外でチッチしたい、かまってほしい、ご飯を食べたい、おやつがほしい、寝室に行きたい、といったとき私はひいに真剣な眼差しで見詰められ、それでも願いがかなわないときはクウと鳴いたり、前脚でトントンと叩いてくる。
 一匹ではできないことだから要求してくるのだけれど、寝室へ行くのは私の手を借りるまでもない。もちろん自分で勝手に寝室へ行くこともある。それでも強く要求してくるのは、「いっしょに寝ようよ」と言っているのだ。
 こんなときいっしょに寝室へ行くふりをして隣り合っている自室の机に向かうと、ひいは「ちがうでしょ」とばかり私の足もとをうろうろする。これを無視していると、椅子に座っている私の太ももに前脚をかけて立ち上がる。これでも願いがかなわないとなると、ようやくあきらめて一匹でベッドへ向かう。
 しばらくして寝室を覗くと、ひいはベッドの羽布団の上で丸くなったり、布団にもぐり込んで顔だけ出していたりする。布団を掛けて寝ているときは、必ず妻が寝る側を陣取っている。つまり、私が寝る側を開けているのだ。ひいの理想は、こうやって待っているうちにオトウがいつもの場所に横たわり、並んで眠ることらしい。
 ひいが布団の上にいようと、布団を掛けて寝ていようと、「しかたない、ちょっとだけ付き合うか」と横たわるのは危険だ。私たちは「ぷーぷーガス」と呼んでいるのだが、ひいから濃密な睡眠ガスのごときものが出ているのか、そばにいるだけで睡魔に襲われ、深い眠りに引き込まれてしまうのだ。ちょっとだけ並んで寝ころぶ、では済まなくなる。
 私が「ぷーぷーガス」にやられてひいの隣りで寝入ってから妻が寝室へやってくると、ひいはそそくさと起きあがり、今度は私の布団にもぐってきて股の間に入り込む。こういったところは群れの中の順位をちゃんとわきまえているわけだが、妻がいなければ彼女の場所を独り占めしているということは、自分のことを第二婦人と思っているのかもしれない。
 犬の幸せがどのようなものか考えると、おいしいものを食べるときやドッグランを縦横無尽に駆け回るひいの姿が思い浮かぶのだけれど、これらはイベントだよなと思う。
 犬は何かと不器用な生きもので、猫のようにしなやかな身のこなしはできないし態度も直接的だから、にぎにぎしい印象があるかもしれないが実は落ち着いた時間を好んでいるのではないか。ひいが静かな寝室を好み、ゆったり過ごしている姿を見るにつけ、この想像は間違いではないと思う。とはいえひとりぼっちほど耐え難いものはなく、群れが穏やかな気持ちで体温や息づかいを感じられる塊になっているのが理想なのだろう。
 毎日の暮らしの中の失いたくないものを幸せと呼ぶなら、群れがくっつきあって安らかに過ごすことははずせない。つまり、いっしょに眠ることは究極の幸せかもしれない。そう考えると、おしっこしたい気持ちが切迫したとき同様、いっしょに寝たいとき真剣な眼差しをするのは何ら不思議なことではなくなる。
 いまひいは羽根布団の上で丸くなっていて、そばにやってきた私を見詰めている。「いっしょに寝ようよ」と眼が言っている。なんだか眠くなってきた。

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