夜更けに、眠っていたはずのひいがやってきて、机に向かって座っている私の太ももに飛びつき前脚を掛けて立ち上がった。そして、じっとこちらを見つめる。
「なにか、頼みごとかな。小便は済ませたはずだけど」
と思うや、キャンと吠えた。
キンキン響く大声は切羽詰まったものを感じさせ、もし小便がしたいのだったらさあ大変、と私は急いでひいを玄関から外へ出した。
ところがひいは、夜の空気をクンクンかぐだけだった。
数分待ったが小便をする様子がないので家の中に戻した。ひいは玄関から寝室に直行し、布団にもぐると顔だけ出している。しかも寝ている場所は、普段、私が横たわる場所の隣。これでひいの意図がわかった。
「オトウ、早く寝よう。私と寝よう」
という強い要求だったのだ。
すぐ寝るわけには行かなかったが、数十分してベッドの布団に潜り込むと、ひいは満足を感じたときの大きなため息をついた。
この夜のひいは、一晩中、私にぴったりくっついたままだった。
これに限らず、最近のひいは私への要求が多いというか、いちいち感情のこもりかたが激しい。
居間から寝室へ行きたそうにしているときも、一匹で行けるはずなのに、一途な眼で見つめてくる。
「いっしょに行きたい」
なのだ。
私が立ち上がると、ひいは跳ね上がるようにしてついてくる。
また、こんなこともたびたびある。妻が食事の支度をしていて、私が自室でそろそろご飯かなと思っているとひいがやってくる。そして、私の体を前脚でトントンと叩く。無視していると、切なげにクゥと鳴く。
「ご飯の時間は、みんなそろうべきなのです」
と私を呼びにきているのだ。
どうも言葉が喋れないことに苛立ちがあるような風情でもある。喋れたらさぞうるさいだろうから、今のままでちょうどよい。うるささは想像してみればすぐわかる。
「オトウ、アレしよう」
「オトウ、いっしょじゃなきゃいや」
「オトウ、くっついて」
「オトウ、どっかいっちゃいや」
「オトウ、ソレちょうだい」
四六時中、オトウ、オトウ、オトウだ。
とにかくひいは、私のことを願望をかなえてくれる人としているのは間違いない。甘やかしすぎたのかな、とも思う。でも群れの秩序をひっくり返して、自分がいちばん偉いと考えている様子はない。どちらかというと、赤ちゃんがえりのような印象を受ける。
それとも、やはり自分を第二夫人と思っているのか。
だとしたら、オトウではなくアナタということになる。
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