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オトウは必ず帰ってくる



 ひいよ、オトウといっしょに出かけたいのか。しかし、おまえは人ごみを怖がるではないか。喧噪と慌ただしさを我慢すると言うかもしれないが、電車に乗るときはキャリーバッグに入っていなければならないし、いくらチビとはいえおまえが入れるバッグは大きくてとても持ち歩けるものではない。たとえ車で出かけたとしても、犬が立ち入れない場所ばかりなのだ。
 そんなに悲しい眼をするな。どうか連れて行って、と言わんばかりに手脚を揃えた真面目くさったお座りをするな。
 オトウだって、ひいといっしょにいたいのだ。
 オトウはおかあさん子だった。留守番はいやだと駄々をこね、歩くのもいやだと言い張り、幼稚園に通う歳だったのに乳母車に乗って商店街へ買い物に行ったんだ。商店街を行き交う人の視線に気付いたときのオトウのばつの悪さより、乳母車を押しているオトウのオカアの気持ちは複雑だっただろう。だからこそ、オトウはおまえの気持ちがよくわかる。あのときのオトウのオカアの気持ちをいま味わっている。
 オトウがフリースの上着を着たとき。カメラを首に下げたとき。カバンを手にしたとき。車のキーをポケットに入れたとき。ひいはオトウがしばらく帰ってこないことを知っているよな。外出の気配を察してオトウの後を追って家の中を歩くおまえを見ると、切ない気持ちになる。
 だけど、出かけなければならないんだ。
 オトウは電車の中で、ふと立ち寄った喫茶店で、このブログをスマホで見る。ここにはひいの写真がいっぱいあるからね。おまえの写真を見ると、街の煩わしさから救われる。それは幻だけど、すぐそばにおまえがいるような気がするんだ。
 用事を終えたとき、まっさきに思い浮かぶのもひいのことだ。ひいが待っている家にだんだん近づいている、と考えながら街の鬱陶しさをかき分けて進む。家にたどりついたら、おまえとゴロゴロしようと柔らかな毛並みの肌触りを思い出している。敷地の外から家のドアが視界に入った瞬間、玄関にお迎えに出て飛びついてくるおまえの姿が眼に浮かび、あとたった数歩だというのに早足になる。
 いいか、ひい。どこに行っても、オカアとひいがいる群れの巣に帰ってくる。オトウは必ず帰ってくる。
 
 

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